境の紅葉

更新日:2021年11月30日

三つの石碑が奥にあり、手前に若い木が植えられている写真

境の紅葉

『那須記』巻の三に、西行法師(さいぎょうほうし)が奥州藤原秀衡(ふじわらのひでひら)を訪ねた帰り鍋掛に宿り、「中野楓」の評判を聞き、その地(中野)を訪ねて美女と問答し、美女は「古き人の申伝へには万葉綿木と伝へて候」と答えて姿を消し、それに感じた西行が、

尋ぬれば 青葉の梢色濃くて 何もたへせぬ にしきなるらん

と詠んで立去ったとある。また『那須記』には「誠に名木なり。春は梢紅にして葉黄色なり、秋は梢黄にして大葉紅なりと言ふ。四季に替り五色となり、錦をさらすに異ならず」と記している。

楓は明治19年(1886)の鉄道敷設(ふせつ)工事の際に切られ、そのひこばえを移植したが、平成12年(2000)枯死してしまい、3、4代後の実生(みしょう)の若木を現在育成している。かつて、下中野と島方の村境にあったためこの名がついた。室井家文書では「阿弥陀紅葉」と記され、吉野の紅葉峠から移したとある。歌碑も現存し、「文治五年五月」(1189)と刻してある。下の句は「いつもたへせぬ」と刻んであり、これが正しいかも知れない。

名称

境の紅葉(さかいのもみじ)

指定年月日

昭和47年(1972)10月25日

指定別

市指定

区分

記念物

種別

史跡

所在地

那須塩原市島方152

所有者

個人所有

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