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更新日:2012年11月14日

高久靄崖の墓

高久靄崖の墓(たかくあいがいのはか)江戸末期の画人、高久靄崖(注1)は越堀の杉(こえぼりのすぎ)渡土(わたど)生まれで、幼児から絵に親しみ、文政6年(西暦1823年)に谷文晁(たにぶんちょう)の門に入り、四哲(渡辺崋山(かざん)・椿椿山(つばきちんざん)・立原杏所(たちはらきょうしょ)・高久靄崖(注1))の1人として称された大家です。天保4年(西暦1843年)4月8日、病のため江戸で急逝(48歳)しました。墓碑は杉渡土西方の丘陵高久家の墓にあります。

(注1:崖は圭にまだれ)

名称

高久靄崖の墓(たかくあいがいのはか)

指定年月日

昭和44年(西暦1969年)7月10日

員数

1

指定別

市指定

種別

記念物

区分

史跡

所在地

越堀856

所有者

個人

お問い合わせ

所属課室:教育部生涯学習課文化振興係

電話番号:0287-37-5419

ファックス番号:0287-37-5479

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