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更新日:2017年7月18日

狭間城跡

文明8年(1476)、塩原(要害)城を居城としていた橘伊勢守の出城として築き、文亀2年(1502)まで使用していたとされる。橘伊勢守は名門小山氏の一族と言われ、突如塩原地方に侵攻を開始し、土着の地侍である塩原氏等を抱きこみ徐々に勢力を拡大し、ついに塩原(要害)城を奪取。さらに箒川を挟んで離室城主君島信濃守一族と激しい攻防戦を展開し、文明7年(1475)の決戦ともいうべき戦場で戦いがあり伊勢守方が大勝し、狭間山に出城を築き「狭間城」とした。

西側には天然の要害、後ろには山を背負い、城からは塩原盆地を一望することができ、守りに固く攻めには困難な「地の利」をしめた城であった。

城郭は東西約120メートル、南北約200メートル、本丸は大円形をなし、その周囲に空堀をめぐらせ、箒川の断崖に竪堀を幾筋もつくり、二の丸は三日月型の強固な土塁を持ち、東側には2基の物見台、西側は馬出しや大手門が位置し、約5メートルの土塁を張りめぐらせ、深い天然堀に囲まれた山城の構えになっている。狭間城跡

名称

狭間城跡

指定年月日

平成9年3月31日

員数

1

指定別

市指定

区分

記念物

種別

史跡

所在地

塩原1157

所有者

個人

見学にあたって

駐車場なし

お問い合わせ

所属課室:教育部生涯学習課文化振興係

電話番号:0287-37-5419

ファックス番号:0287-37-5479

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