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更新日:2017年6月19日

親王台

名称

親王台

指定年月日

昭和39年10月1日

員数

1

指定別

市指定

種別

記念物

区分

史跡

所在地

一区町122-14

所有者

那須塩原市

見学にあたって

北側に駐車場あり。

地図リンク

親王台

親王台

親王台は明治時代に築かれた塚で、親王(明治時代は天皇の子から孫の孫までの男子をさす)がお立ちになられたことからこう呼ばれた。この親王台は、明治14年(1881)に有栖川宮熾仁親王(ありすがわのみやたるひとしんのう)が明治天皇の東北・北海道御巡幸に随行(お伴として行動)して栃木県内を通行した際に、天皇の名代(代理)として那須野ヶ原の開拓地を訪れるにあたり、開拓地を良く見渡せるようにと、同年6月に那須開墾社により築かれた塚である。

塚の規模は、一辺が約15~18メートルのほぼ正方形で、高さは東側が約4メートル、西側が約2.5メートル。この台に上がった親王は、次の2人である。

  1. 明治14年(1881)8月6日、有栖川宮熾仁親王が、東北・北海道方面へ巡幸(天皇が地方を巡回すること)された明治天皇の名代として訪れる。
  2. 明治18年(1885)9月16日、那須疏水開通式に列席した北白川宮能久(よしひさ)親王が訪れ、松をお手植えになった(これを宮乃松という)。なお塚の上には、明治40年(1907)、矢板武によって立てられた宮乃松の記念碑がある。

お問い合わせ

所属課室:教育部生涯学習課文化振興係

電話番号:0287-37-5419

ファックス番号:0287-37-5479

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