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更新日:2012年6月3日

芦屋道満の解脱塔

熊川沿岸の丘の上に約4m四方の塚があり、「解脱塔」と書かれた石碑がある。解脱塔は明治の末期頃、沼野田和・金乗院の信浄和尚が芦屋道満の霊を慰めるために建立したものである。石碑の裏に3基の小さな五輪塔があり、これが「芦屋道満の墓」と伝えられている。

芦屋道満は、平安時代の吉凶を占う陰陽家である。当時の陰陽博士は加藤保憲で、その高弟に芦屋道満と阿部保名がいた。保憲の死後2人は法力争いをし、初めは道満が優勢であった。ところが保名の子晴明が成人し、道満はその法力争いに敗れ、その上加藤家の秘伝書をだましとっていたことが露見してしまった。そのため、道満は都にいたたまれず那須野ヶ原に隠れ住んでいたが、発見されて処刑されたと伝えられている。

芦屋道満の解脱塔

芦屋道満の解脱塔

名称

芦屋道満の解脱塔(あしやどうまんのげだつとう)

指定年月日

昭和44年(西暦1969年)1月1日

員数

1

指定別

市指定

種別

記念物

区分

史跡

所在地

沼野田和605-8

所有者

個人

地図リンク

お問い合わせ

所属課室:教育部生涯学習課文化振興係

電話番号:0287-37-5419

ファックス番号:0287-37-5479

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